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灰被り 9

  
 
 着いて行った先は、やはりルークの自室でした。

いつものように身体を洗ったほうがいいのかと思ったジルが浴場を借りようとすると、それをルークが引き止めました。

そういった行動は初めてでしたので、ジルは不思議そうにあまり機嫌が良さそうでもないルークの仏頂面を見返しました。


「今日はいい… それより、これを持っていけ」

 しばらくジルが立ち入らなかったうちに、ルークの部屋はまた少し本が増えているようです。

それらの本が乱雑に積まれた机の上から、ルークは一冊を抜き出すとぶっきらぼうにジルに突きつけました。

渡されたそれは硬い外装で覆われた分厚い本で、表紙を読んでみると経済学関連の本のようです。


 この本を渡された意味が全く分からず、ジルは表紙を見つめたまま黙ってしまいました。

「以前、この本を見たそうにしていただろう?この屋敷を出て行く餞別に、くれてやると言ってるんだ」

 ジルにはそう言われても、ピンときませんでしたが… よくよく思い出してみますと、ずっと以前に部屋に呼ばれた時に一度だけルークの本に触れたことがありました。


 勝手に触ると怒られるかもしれないと思い、いつもは掃除の時もルークの本には手を付けないようジルは気をつけていました。

ただその時は、大きな厚い本の立派な装丁に目が惹かれたのです。

ルークは本を読み耽っていて、ジルのほうを向いていない時だったので、つい好奇心から手にとってしまったのでした。

すぐに元の場所に戻したので、まさかルークに気付かれているとは思ってもいませんでしたが――


「……これを、僕に?」

「ああ…、お前は何をやっても嬉しそうな顔をしないから、他には思いつかなかった」

「…………」


 遊んでばかりのレイモンドとライナスとは違って、ルークは粗暴な割に読書家の一面があり、屋敷にいる時には何かしら本を読んで勉強していることが多いのでした。

しかし、ジルが見たがる類の本というのは美しい詩や画集などであって、このような分厚いルークが収集する類の本ではありません。

重い本を抱えて途方に暮れているジルを見ると、機嫌の悪そうなルークは更に苛々した形相になってしまいました。


「もういい、必要なければ捨てろ…!用は済んだから、さっさと出て行け」

 呼びつけておいてあんまりな言いようですが、ルークは人の機微に疎く、こういった時の接し方が分からないのでした。

この素っ気ない重い本も、宮廷にジルが呼ばれると聞いたために、ジルが欲しがりそうな物を思い返して準備した精一杯の贈り物なのかもしれませんでした。

ジルに食料の施しをくれる時もそれは無愛想な態度でしたが、ルークなりに気遣って渡してくれていたのかもしれません。


 ジルはすっかり内気になって萎縮してしまっていましたし、ルークも不器用なので、ジルが思い返してみても毎日のように顔を合わせているというのにちゃんと話をした覚えがありません。

ジルは今になって、ぶっきらぼうで乱暴な行動の奥にあるルークの心を少し理解できたような気がするのでした。

もう少しちゃんとルークと話をしたいと今更思ってみても、もうそれだけの時間も機会も二人の間には無いのでした。


「本をありがとう…、お城に行っても大切にします」

 ルークは本を渡してしまうとそれきり背中を向けてしまったので、その背後からジルはそっと声をかけました。

もっと他にうまい別れの言葉や、伝えられる言葉があったかもしれません。

しかし、いくら言葉に悩んでも、ようやくジルの口から出たのはそんなありふれた一言でした。


 ルークからの返事はなく、ジルが部屋を出て行くまで無言でずっと背を向けたままでした。
 
 

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