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灰被り 1

 
 
 
 
  
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 以前は豪奢な衣装を着ていた御子息様でしたが、今は鼠色の粗末な身なりをして朝から慌しく働いています。

義父が賃金を惜しんで仕えていた使用人を大幅に減らしてしまい、大きな屋敷内の掃除や洗濯などの雑事を御子息様に押し付けていたのでした。

 始めのうちは猫撫で声で近づいて来た義父でしたが、御子息様の後継人に納まって公爵様の財産を手にした途端、態度を一変させてしまったのです。
 
公爵様を亡くしたばかりの奥方様が警戒していたのはこういう輩だったのですが、若く世間知らずの御子息様には分かるはずもありません。

他に頼るところも無い御子息様は、毎日、使用人のような扱いで働かされていたのでした。


 せっせと広い屋敷の用事をこなす為に駆け回る御子息様を、嘲り笑う者がいます。

まだ日の明るいうちから酔っている様子の青年――義父の長男であるライナスです。

父によく似た欲深い性格の上に享楽的な男で、日がな一日遊び回って過ごしているのでした。

その容姿だけは派手で華やかなものを持っていましたので、彼のお金と容姿に釣られた取り巻き達を引き連れて馬鹿騒ぎをしては、御子息様の家族の思い出の残るお屋敷を無茶苦茶に汚すのです。

いつも派手に遊び回っている義兄からすると、元は尊い身分の御子息様が自分とは逆の立場であくせく働いている姿が可笑しくて仕方がないのでした。


 御子息様は本来は公爵様の正当な後継者であるはずが、今は満足な教育も受けられず義父とその長男に押し付けられる仕事に追われる日々を送っていました。

 以前の快活で幸福に満ちていた御子息様の姿と今の姿とは、嘘のように変わり果ててしまっていました。

いつも汚れた服を着て、輝く日の色の髪は埃と塵にくすんでいます。

ふっくらとした頬は痩せて、細く小さい顔は透けるように青白くなっていました。

唯一、今の御子息様が持つ高価なものといえば、亡くなった公爵様と同じ澄んだ湖の色の瞳だけなのでした。


 酒や食べ物で散らかされた床を片付けて回っても切りが無く、御子息様はそっと溜息を溢しました。

朝早くから夕方まで働き続けて疲れてしまった御子息様は、荒れて痛む手をさすりながら少しの間休むことにしました。

しばらくは、義父や義兄の目につかないように廊下の影で隠れるように休んでいましたが、その御子息様を見つけだして乱暴に腕を掴む者がありました。


「ジル、屋敷の仕事はもういい! 次は俺の部屋をやれ」

「でも…… 片付けないと、叱られてしまいます」

「ふん、こんなものいつまでやっていても終わらん。 どうせ、すぐに汚されるんだろうが」

 それはその通りなのですが、置いておくと他の使用人の負担になりますし、御子息様のせいで義父にクビにされてしまうかもしれません。


 迷っている御子息様に、強引に命令して従わせようとするのは次男のルークでした。

義父のレイモンドや長男のライナスと違って遊び呆ける事こそありませんが、粗暴なところのある少年です。

一つ年上なだけだというのに痩せて小柄な御子息様よりその体格は大きく、義父や長男に共通する欲深い笑いを浮かべていない代わり、いつも怒っているような険しい顔つきをしていました。

この乱暴な次男を使用人たちも恐れていましたが、身内であるレイモンドとライナスすらも扱いかねる荒れた気性の持ち主なのでした。

 父とその息子達は黙っていれば整った顔つきと言えましたが、三人ともどこかしら偏った内面が表れた容貌をしているのです。


 結局、御子息様――ジルは強く言われるとそれ以上言い返す事も断る事もできず、今度は義兄のルークの言いつけに従うことになるのでした。
 
 

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