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灰被り 10

  
  
 レイモンドが早々と話を進めてしまったため、お屋敷の人たちとの別れを惜しむ間も無く、ジルがお城へ向かう日がやってきました。

機嫌のよろしくない義兄二人は出迎えにも姿を現さなかったので、使用人たちだけの見送りを受けて、ジルはまたあの豪華な馬車に乗り込みました。

それに舞踏会の時と同じ従者と、義父のレイモンドが付き添います。


 馬が走り始めると、ジルは馬車の窓から手を振る使用人たちとお屋敷を眺めました。

辛いこともたくさんありましたが、生まれ育った家族の思い出の残るお屋敷でしたから、もうここには戻って来れなくなるのだろうかとジルは瞳に焼き付けるように見つめました。

 ジルは生まれてからお屋敷をあまり出たことがなく、ここ以外の暮らしを知りません。

自分のような者がお城に行っても、また厄介者扱いをされて苛められるのではないだろうかと不安な気持ちが込み上げます。

 しかし、そんなジルの気持ちを聞いてくれる者はなく、しきりに馬車内ではジルの隣に座ったレイモンドが宮廷でコネを作るようにジルに吹き込んでいました。

ジルはそれには上の空になって、馬車の窓からお屋敷がだんだんと遠くなり見えなくなってしまうまで、憂いを帯びた瞳で見続けていたのでした。



 明るい昼に見るお城は夜の舞踏会の煌びやかな印象とは変わって、堂々とした立派な姿で存在していました。

送り届けたレイモンドからお城の従者が案内を引き受けて、ジルをその城内に迎え入れます。

 従者に案内されながら、大きな門から広間を通ってずっと長い距離の廊下をジルは歩き続けました。

お城の中は、今までジルがいたお屋敷と比べものにならない広大さと豪華さを誇っていました。

ようやく、「ここでお待ち下さい」と目的の部屋に案内されても、ただただジルは気圧されてしまって萎縮するように俯いてしまうのでした。


 少しの時間の後に、緊張するジルの耳に聞き馴染みのある声がかけられて、ジルははっと顔を上げました。

「やあ、急な話で悪かったね。元気にしていたかい?」

「……やっぱり、貴方が僕を推薦して下さったのですね」


 ジルが思った通りその声のほうを見上げると、あの夜の凛々しい青年が優しい笑顔を浮かべて立っていました。

青年は親しげにジルの肩に手をやると、美しい細工の施された椅子とテーブルの方へと促します。

 二人が席に着くタイミングに合わせたように、侍女たちが飲み物やお菓子を運んでやって来ました。

外見だけを美しく繕うレイモンドの趣向と違い、城内は外装や調度品だけでなく、使用人たちの振る舞いや衣装までもそれは美しいものなのでした。


 そしてその後、振る舞いや話し方などから身分のある人のようには感じていましたが、青年の口から素性を聞かされると、ジルは青褪めるほど驚くことになりました。

まさか、舞踏会の主役   城の王子様が、自分のような者に親しく声をかけてくれるとは想像もしなかったことだったのです。

また緊張がぶり返してしまったジルに、青年は優しく話しかけてその強張りを解きほぐしてくれるのでした。


 若き王子には、人の心を開かせたり惹き付ける天賦の才が与えられているようでした。

少しの時間、話すことでジルの緊張した面持ちに笑顔を取り戻し、畏まった呼び方ではなくお互いの名前で呼び合うように約束を取り付けてしまうのですから。



 こうして宮廷内でのジルの新しい生活が始まったのでした。

城内に上がるまでのジルの不安や心配は杞憂に終わり、誰も義父のような酷い扱いをする者はありません。

それどころか王子様は優しく心遣いをしてくれて、王子の周りに集まる人たちも自然とジルに親しく接してくれるのでした。

また、ここでは両親が亡くなってから中断を余儀なくされていた勉強をすることもできたので、これもジルにとって大変に喜ばしいことでした。


 王子様の親しい友人となり学業にも真面目に取り組むジルは、元々の家柄の良さも手伝って宮廷内での評価は高く、輝かしい将来を約束されたも同然でした。

そして毎日、優しい王子様や宮廷内の優雅な人たちと勉強や狩りなどの遊びを共にして、ジルは幸福な月日を過ごしたのでした。
 
 


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