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灰被り 13

  
  
 そして、今日もジルは忙しく働いていました。

その姿には、昔の暗く哀れな少年の影はありません。

服こそ灰色の質素な身なりですが、それは清潔にきちんと整っていて顔色や身体も健康そのものです。

小柄だった身長はすらりと伸びて、明るく利発そうな整った面差しに変わっていました。


 今年でジルは二十歳の年齢を迎えます。 ジルが宮廷入りを辞退してしまった日から、数年が過ぎていました。


 その後、諦めがつかなかった義父のレイモンドは、長男のライナスをジルの代わりにと宮廷に押し込んでいました。

レイモンドの根回しの効果もあって、ジルの義兄ならば大丈夫だろうと一度はお城に受け入れられたのですが、やはり遊び好きのライナスに宮廷暮らしは窮屈であったようです。

 ライナスは勉学や貴族の好む趣味などに興味を持てず、またその不真面目さ、不誠実さから宮廷内での立場を悪くしていきました。

合わない環境に精神は不安定になっていき、平常でさえ多かった酒量を増やして酔った上の事故だったのか… ある夜、お城のバルコニーから転落して非業の死を迎えたのでした。


 この一件で義父レイモンドの評判も急落してしまい、野心は完全に閉ざされたのです。

自分勝手な男でしたが長男の死は流石に身に応えたのか、これまで精力的に動き回っていたのが嘘のように塞ぎ込んで屋敷に閉じこもり、そしてとうとう床に臥せて息を引き取ってしまいました。



 そうして、結果的に公爵家の跡継ぎとしての権利と財産は、全てジルに戻ってきたのでした。

不仲だったといっても二人の親族の相次ぐ不幸です。

ルークが言葉や態度には出さないものの落胆していたことをジルは分かっていました。

もうジルには義父への恨みはなく、ただ気落ちしたルークを気遣う思いしかありません。

自分も役に立ちたいとルークを支えるべく、仕事の手伝いに精を出す日々を送っているのでした。


 ジルが戻って来たあの日から、ルークはお屋敷を出て事業を起こしていました。

折り合いの悪い家族の元を出ようとしていたこと、そのための手段としてこれまで勉強していたことを、ルークはジルに打ち明けてくれました。

そして、この屋敷ではお前は駄目にされるから俺のところに着いて来て欲しいと、怒ったような無愛想な口調でしたが、それでも真剣にジルに伝えました。

ジルはルークが自分に打ち明けてくれたことや、いっしょに連れて行ってもらえることが嬉しくてたまらず、その言葉に笑顔で頷いていたのでした。


 ルークは貴族の身で商人の真似事を始めた変わり者と周囲に囁かれながらも、貿易業を着実に成功させていました。

ジルも身分と財産があるというのに、いつも質素な服装でルークの手伝いをして働いていましたので、やはり変わり者扱いをされていたのですが――


 その灰色の地味な格好はジルの身分にも美しい容姿にも合っていませんでしたが、ルークの要望なのでした。 

童話の哀れなお姫様のようにジルに灰を被せておくわけにはいきませんでしたから、ルークはなるべくジルの容姿が目立たないような地味な格好を望むのです。

その代わり、ルークと二人でいる時には高価な仕立ての衣服を着させられるので、ジルは部屋着と外着があべこべになっているような状態でしたが、本人は着飾ることに興味はなく特に気にはしていないのでした。



 今のジルが着ている衣服は、深く濃い葡萄酒の色をした美しいビロードのゆったりとした部屋着です。
 
ジルは仕事を終えてお屋敷に戻ると、異国からルークが手に入れてジルに贈ったその上等な衣に着替えて、商談に出かけているルークの帰りを待っていました。

ルークは自身の屋敷や仕事場を設けていましたが、屋敷を含む全ての財産がジルに戻ったため、また二人は生家であるお屋敷に住んでいるのでした。


 
 ルークが戻ったのは遅く夜半時になりましたが、その帰りをジルは微笑んで迎えました。

ジルも背は伸びていましたが、それはルークも同じでさらに長身になっていましたので、ジルが近づいてその身体を抱擁するには少し背伸びをしなくてはなりません。

ルークは相変わらず無愛想で粗野なところはありましたが、最近は顔つきが大人っぽく落ち着き、気短だった気性にも余裕が出てきたようでした。


 ルークはジルに抱擁を返すと、少しかがんでその額と唇に口付けます。

ルークの少々きつめに思われる精悍な顔は、ジルが見上げると少し赤らんでいるようでした。


「お前が気に入るか分からないが、これを買ってきた……」

 ジルの手に押し付けるように渡されたのは、小さなくまを模した人形でした。

子供の腕に納まる大きさの、毛のふわふわした素材の縫いぐるみです。


 ジルはもう立派に成人した年齢で、子供の玩具のようなそれは不釣合いな贈り物でしたが、相変わらずルークはこういったことに関して疎く、少しずれているのでした。

まだルークの中では、出会ったばかりの頃の痩せっぽちの少年だったジルの印象のままで、贈り物も子供が喜ぶような物を選んでしまうのかもしれません。


 それでも、ジルはルークからの小さな贈り物を喜んで、笑顔で礼を言いました。

成長によって姿や格好が変わっても、それは子供の頃と変わらない少しはにかんだ笑顔です。

ルークは、せっかくの贈り物を潰してしまうほど強くジルを自分の腕の中に抱き入れました。


「んっ…ん…、ルーク……っ」

 ルークの強い力で拘束され、ジルは少し苦しそうにもがきながら、両者の身体に挟まれた贈り物を逃がすことに苦心します。

腕を伸ばしてくまの人形をテーブルの上に置いた頃には、ルークの口付けを何度も受けてジルの息はすっかり上がってしまっていました。

飢えたように口付けを貪った後に唇が離れると、離れるルークの顔を追いかけるようにジルの瞳が潤んで見上げ、その唇は赤く染まってお互いの唾液に濡れ光っていました。
 
 

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