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月の眠る夜 1

 

 男は育ちは良い筈だったが、今は食事の席で仕事関係の書類を乱雑に広げて、それらを厳しい目つきで眺めていた。

男の前に出された幾皿の料理は手も付けられずに、冷め切っている。


「……もう、宜しいのですか?」

 その恵まれた体格や仕事量と比較すると、男の食事の量はいつも少なかった。

皿を下げていいのかという問いに返事は無い。神経質そうに見える眼鏡の横顔をこちらに向ける事すらせず、男は書類に目を通し続けていた。

大事そうな書類を料理で汚してもいけないだろうと判断して、片付けてしまう事にする。
 


 男の持ち物である屋敷の中で、食事の給仕から来客の対応、または庭の管理まで俺の仕事は雑多にあった。

執事等という良い身分ではなく、ただの屋敷の雑用係ではないかと自分では思っている。


 それでも使用人家族として餓鬼の頃から屋敷に住み込みで置いてもらっており、庭師の親父が死んでからは引き継ぐように仕事も与えられたのだから、この家には感謝しなければならない境遇だ。

庭師の息子の癖に庭の管理方法も分からない中坊だった俺が、親父の代理を任されたのは温情や同情からでは無く、単に新しい人間を屋敷に入れるのを主人が嫌った為なのだろう。

男は気難しく少々人嫌いの節があるようで、金は腐るほど持っている癖に、このでかい屋敷には必要最低限の使用人しか置いていなかった。

 その為に俺の仕事量は増えている訳だが、主人の金払いは悪く無かったし、特別な技能の無い俺には文句も言えない事だ。


 俺が中坊の頃に主人は二十歳半ばで、もう家の事業に貢献して働いていたのだから、俺より十は年齢が上だった。

男は今は三十も過ぎていた筈だが、身を固める話も無く日々仕事に明け暮れている。



 若き経営者でもある男は、流石に連日の激務には疲れているようだった。

風呂を済ますと9時過ぎにはさっさと自分の寝室がある2階へと上がっていった。

俺や他の使用人に、一言の挨拶や愛想笑いも無いのは毎度の事だ。


 主人が毎夜、日課のように服用している薬と酒――薬とアルコールを一緒に飲むのは良くないと注意しても、俺のような使用人の言う事をこいつは聞きはしない――

俺が用意した、それらを飲んだ後に。
 
 

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