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月の眠る夜 6

  
 
――しかし、眠っている男の元に付け込んでいる俺は、あの女以下だろうと思い直す。
  
妄想の中で何度も主人を犯し、その男が睡眠導入薬の処方を受ける事になると俺は卑劣にもその機会に食いついたのだ。


 愚にもつかない事を思い起こしている内に、男への苛立ちは治まっていった。

 男は俺の下で、髪を顔に張り付かせて荒い息に胸を上下させている。

その髪や上気した肌からは、汗と香料の香りが立ち上っていた。


 主人が使用する風呂場に置いてある石鹸や洗髪剤等も、俺が備品として発注している物だった。

どうせ有り余る男の金で注文するのだからと高級な物を揃えており、男が無頓着なのを良い事に俺好みの香りを選んでいた。

 こうして風呂から上がった男を抱くと、体温で炙られるようにその香りは強く辺りに振り撒かれる事になる。

男の身体の匂いと混ざる事で甘い香料が肉感的な美味そうなものへ変わり、いつも俺は男の白い肌に噛み付きたくなる衝動に駆られるのだ。

――だが、男の肌に傷や痕を残す事などできる筈もない。



 日頃の鬱憤を、復讐のように男の身体にぶつけて晴らしたかった訳では無かった。

ここ数日、男が屋敷に戻らない事が多かったので、不満や邪推が俺の中に膨らんでしまっていた。

仕事が多忙という名目なのだろうが、どこで何をしているか分かったものではない。
 
 冷たい性格をマイナスにしても、男の恵まれた容姿と財力に惹かれる男女は掃いて捨てる程いるのだ。

主人が移り気な気質で付き合う相手をころころと変えている事も、近くで長年仕えている俺にはよく分かっている事だった。


 だが、それを責めたり嫉妬で男に当たる行為は門違いもいいところだ――

俺は男に対して、怒りや不満を持てるような立場でも無い。


 男の無茶苦茶に乱れた髪を手櫛で流してやりながら、酷く扱った事を自嘲気味に思った。

涙の筋を残しながらも、乱暴な動きから開放された男の表情は幾分か落ち着きを取り戻していた。

薄闇の中で、泣き跡の痛々しい男の顔を覗き込んでいると、更に虐め嬲りたいような、抱いて慰めたいような相反する感情が沸き起こる。


 俺は緩やかだが男の中を深く味わい、抉るような腰の動きに変えていた。

男の苦悶の声は止み、いつもは硬く結ばれている薄く形の良い唇は、早い呼吸を繰り返して半開きになっていた。


 深く身体を重ねながら律動すると、俺の耳のすぐ横からどこか甘えて訴えるようなハスキーな声が聞こえてくる。

連続して声を洩らして開き放しになった男の唇からは、白い歯と唾液に滑る舌先が覗いていた。

男の頬やこめかみに伝った涙の痕を唇で拭い、唇からとろりと垂らした涎にまで、俺は恍惚と舌を這わせた。


「あぅっ、あぁ…ン、んっンー…っ」

 男の顔中に唇を這わせて滴を拭い取った後、大きくなってきた男の声を唇で塞ぐ。

その唇の内も熱く蕩けて、俺の侵入を受け入れた。

男は従順に舌を明け渡し、甘く吸いつくとその舌先をぴくぴくと震わせた。


 快楽に弱い男の身体は眠りの中にある癖に、陵辱行為をねだるように腰をくねらせていた。

大きく開脚した格好で俺の進退に合わせて、もっと欲しいとでもいうように必死に尻が振られる。

応えるように男の性器も動きに合わせて扱いてやると、悦びの啼き声を上げて腰を躍らせた。

 その激しく乱れる様を目にしていると、自分が求められているのだと勘違いしてしまいそうだった。


「あっ──、あぅ…ンッ、 んうっ …ヒくっ、く…っ!」
 
 主人はだらしなく眉と顔の表情を崩して、全身汗塗れになって卑猥な腰振りを披露する。

普段の理知的な美丈夫の姿からすると形無しの様相だが、俺にとっては惹きつけられて目の離せなくなる媚態だった。

しかし、男の夢の中では最近気に入りの意中の者に向かってその媚態を見せているのだろうと、俺は苦く考えて奥歯を噛んだ。


 行為の終わりが近付き、俺は主人の頭と身体を強く引き寄せる。

耳元へ暗示でも入れるように、荒い息と同時に「お前は俺のものだ」と吹き込んだ。

夢現の男には届きはしない戯言だったが、男がこんな風に誰かと関係を持っていると考えると堪らない思いに襲われる。


「ふぅ―…ぅ、ん…、ふう、ぅ……」

 俺の吐精を痙攣する身体の内に受け入れながら、主は満足気な吐息を洩らした。

俺は全て出し切ってもまだその身体から離れてやる気にならず、未練たらしく男の身体に圧し掛かったまま、互いの腹に男が吐き出した残滓を指で弄くった。

重なった胸から乱れた鼓動が伝わり合い、しばらくじっと男の首元に顔を埋めて荒れた呼吸を聞いていた。


 心地良い疲労にこのまま眠ってしまいたくなるが、そうもいかない。

男から汗と体液の汚れを拭き取って夜着を着せ、シーツも替えなくてはいけなかった。

主人の方が俺より体格も身長も少し上回っている為、それは力と時間を必要とする作業になるのだった。

 俺は、もう二十歳も超えたからこれ以上成長しないだろうか――と男の身体から出て行く事をだらだらと先延ばしにして下らない事を考える。

体格や見た目が、何が変わろうと男が俺に目を向ける事はない。


 卑劣な手段で手に入れた存在だったが、俺は満足するどころか余計に狂おしい懊悩に陥っていた。

こんな事を続けるのは限界だと感じながらも、また明日の夜になれば憑かれたようにこの部屋に足を運んでいるのだろう。


――男が目を覚ます朝には、冷たい無関心があるだけだ。

 しつこく主の身体にしがみ付く俺の身体を夜気が冷やしていき、そうしていつも心まで暗澹と冷えて己の犯した罪悪に蝕まれていくのだ。
  
 
  
  
  ...END?