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白兎 1

 


 
 
mori-1




  
 木々が生い茂った森の深遠に、一つの静かで平穏な森の集落がありました。

そこは清い水源と食物が満ちる、神の恵みを受けたような豊穣の土地です。

恵みが多いために住む者は誰も奪い合うことはなく、あくせく働くこともせずに人も動物も皆のんびりと暮らしていました。



 そんな風にいつも変わり映えのしない平穏な時間が流れる森の世界でしたが、まだ日の高いある日のこと――珍しく一つの事件が起こったのでした。



 家族と昼食をとったり、のんびり昼寝などをしていた森の住民たちが、喧騒を聞きつけて何事かと様子を見にやってきました。

人間の木こりや、鹿や鳥、狐に、山犬… 森に住む様々な種の住民たちでしたが、静かな森では滅多に事件など起こることがないので、皆の顔は一様に驚いたような表情に変わっていました。

住民たちがゾロゾロと集まったその先では、言い争うような騒がしい声が聞こえています。


 その騒ぎの元らしき者を近付いて見てみると、さかんに喚いているのは森の外れに住む白兎でした。

森の住民たちはその姿を見つけると、何となく今回起こった事態について予想がついたのでした。

(…また、イタズラでもしかけて喧嘩になったんじゃないのか?)

そう予想して、周囲に集まった者たちは迷惑そうに表情をしかめました。


 根っから悪いやつという訳でもないのですが、イタズラ好きの白兎は年がら年中、森の住民をからかい、時には誰かの大切な物を隠してしまうことなどもあり、集まった者たちのほとんどは何らかの被害を受けていました。

 フードの付いたふわふわした白毛の服を着て、その色と同じくらい白い手足。

少し癖のある淡いクリーム色の髪がかかった小さな顔は、少しやんちゃそうではありますが、黙っていれば小柄な可愛らしい少年に見えなくもありません。

しかし、白兎に接した者たちの彼への心象はというと、迷惑な隣人、トラブルメーカー、森のウザキャラ――と、散々なものなのでした。

その日頃の行いの悪さ故に、集まった皆は兎が何かやらかしたのだろうと予測してしまうのでした。



(しかし…よりによって、なんで鰐さんに絡んだんだ……)

 イタズラ自体はよくあることで何ら珍しいことではなかったのですが、それより問題は白兎が絡んでいる相手です。

白昼の騒動に集まった者たちは、目前に並ぶ二者を見交わして困惑しきっておりました。

ギャンギャンうるさく抗議している白兎と比べ、相対している鰐は寡黙でいましたが、その眼光は異様に鋭い光を放って白兎を睨みつけていました。


 普段のこのぐらいの時間だと、鰐さんは涼しい水辺でのっそりと昼寝などしている、基本的には穏やかで無口な住人です。

しかし、一応は温和な様子に見えても大きな硬い体躯をして鋭利な牙と強い力を持つ鰐は、森の住民たちには近付き難い畏怖の対象となっていました。

この森に鰐さんを怒らせようとする者などいないというのに、兎の馬鹿が……そう、住民たちは顔を見合わせて囁き合いました。



――今回の騒動に集まった住民たちは、何やら嫌な予感めいたものを感じていました。

ある時から消息不明となった若い鴉の記憶が住民たちの脳裏をちらちらと過ぎるのです。

鴉は白兎よりも賢く要領の良い少年でしたが、鰐さんにちょっかいをかけるような場面が何度か目撃されていました。

年若く生意気で、恐れ知らずな性格が両者の共通点としてあり、それで思い出されてしまうのかもしれません。

 鰐さんをからかうように周辺をパタパタと飛んでいたところを目撃されたのを最後に、ぴたりと鴉少年は森から姿を消してしまっていたのです。


 「まさか、鴉君もこんな風に……」と青い顔で憶測を言い出す者が現れ、周囲の者は慌ててその口を塞ぎました。

下手なことを言って、自分たちにまで鰐の怒りが向いてはたまりません。
 

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