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月の眠る夜 2

   
 

   
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 今日の雑用業務と食事や風呂等を終えて、俺が部屋に向かったのは11時頃だった。

使用人達もこの時間帯には通いの者は帰り、住み込みの者は屋敷の離れに与えられた部屋へ引っ込んでしまっている。

俺は、一段一段静かに足を運ばせて階段を上った。


 俺が開けた扉の先は照明が消されていた。

後ろ手に扉を閉めてしまうと廊下からの明かりは遮断されて、その部屋は暗闇となる。

そっと扉の内鍵をロックした後、部屋の窓からの月明かりだけを頼りに、俺は暗く静かな部屋を進んだ。

 部屋入り口の照明のスイッチは点けずに、窓際の寝台まで歩いて行く。

勝手知ったる部屋なので、暗闇に迷う事もこの行為の難しさも無い――といっても、ここは俺の部屋では無いのだが。



 屋敷の主人の癖にもう少し豪華な内装にしないのだろうかと思う程、部屋の中はシンプルに構成されていた。

無駄な物は一切置かず整理が行き届いているあたり、部屋の主の性格がよく出ている。

俺に金持ちの嗜好品という物が分からないだけで、シンプルに見える家具類も実は高級品なのかもしれなかったが…


 この部屋の主は、青い月明りの下で眠っていた。

ベッド横のボードに光を反射する物が置かれている。本人の持ち物であるシルバーフレームの眼鏡だった。

男はかなり視力が悪い為、眠る時や風呂以外にこうして眼鏡を外す事は無かった。


 この屋敷と部屋の主である男は滅多に人を部屋に呼ばず、使用人が掃除に入るのも禁じる位だったが――俺はいつもこうして勝手に入り込んでいた。

どうせ、他の使用人は主人の言いつけを固く守って、この部屋に近寄る事も無いだろうが…… 俺は、念の為に扉をロックして明りも点けないようにしている。


 この屋敷に長年使える使用人達を、この男は疑ってはいないのだろう。

神経質で人嫌いな癖に、自室の扉に鍵もかけずに眠っているのだから。


 俺は暗闇に慣れてきた目で、青い光が照らす主人の顔を覗き込んだ。

知的そうではあるが厳しく神経質な印象に見える男だが、眼鏡を外して眠っている時だけは穏やかで優しい顔つきになっている。 

いつもはきっちりと後ろに流して纏めている髪も、今は前髪が下りて寝癖で少し乱れ、男の年齢を大分若く見せていた。

俺は眠る男の傍らに膝を付き、その少し乱れた髪を弄りながら様子を伺ったが、よく眠っているようだった。


 慎重に物音を立てないよう気を遣ってはいたが、俺には男が起きる筈も無い事は分かっていた。

主人が毎夜飲んでいる薬を準備しているのは俺だったからだ。


 以前から眠りが浅いと溢していた男に、俺が一年程前に勧めて毎夜男が飲むようになったそれは睡眠導入剤だ。

主人の掛かりつけの医師に俺が話を通して、その薬は通常よりも強めのものに変えてあった。

多忙な男は何度も医師の診断を受ける事は無かったし、薬を取りに行くのも俺任せだったので「主人が薬を変えて欲しいと言っている」と伝えればいとも容易い事だった。


 だから、男は俺の背信には気付いていない。

それは、もう何度も繰り返されていた裏切りだったにも関わらず――
 
 


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