義父のレイモンドは贅沢家な気質で見栄っ張りでもありましたので、自分やジル、付き人たちの衣装も一等華美なものを揃えていました。
そして舞踏会が開かれる日の夜――豪華な馬車を装飾した馬に引かせて、お城へと連れ立っていったのでした。
思惑通り、レイモンドの見立てた装いは着いた先の城内でもたいそう周囲の目を引きました。
着飾った招待客たちに誉めそやされて、レイモンドはすっかり有頂天です。
もうジルの存在など忘れたように置き去りにして、舞踏会の輪の中に入って行って人脈作りに精を出すのでした。
ジルは元は明るい少年でしたが、辛い境遇によって引っ込み思案の内気な性格になってしまっていたので、周囲の輪の中には入らずその華やかな会場の光景を隅の方で眺めていました。
それでも行き交う人々の贅を凝らした衣装や、明るいお喋りや優雅な踊りなどは見ているだけでも楽しく、ジルはお芝居を観るように夢中になって見つめておりました。
そのために、何度も自分を呼んでいる声に気付けないほどでした。
やっと、声をかけられていることに気付くと、ジルは相手に失礼を詫びました。
相手は聡明そうな瞳と凛々しい容貌をした立派な身なりの若き青年です。
ジルが名前と自分の家柄を伝えると、その方は感慨深く頷きました。
「君の亡き父上の面影があったので、もしやと思ったのだけど…やはりそうだったのだね」
「父を…ご存知なのですか?」
驚いてジルが尋ねると、青年は公爵様のことを話してくれたのでした。
こういったパーティで面識があったこと、公爵様と奥方様のことを素晴らしい人物であったと語ってもらえると、ジルの顔は嬉しそうに綻びました。
そして、尊い方に失礼な振る舞いではないかと思いましたが、どうかもっと話を聞かせて欲しいと頼み込んだのでした。
子供の頃の両親の思い出は記憶が薄れていることもあり、青年が話してくれる公爵様と奥方様の逸話はジルの知らないことがたくさんあったのです。
青年はジルの願いを快く聞き入れて、嫌な顔もせずに長いこと両親の思い出話に付き合ってくれたのでした。
どうやら青年は社交界の事情に詳しいようで、話からも身分の高い人物であることが窺えました。
その話術も巧みで笑い話を交えては、沈んでいたジルの笑顔を引き出すのでした。
青年の長身で気品のある姿や優しそうな声音が、どこか公爵様を思わせるせいでしょうか――
初対面である人への人見知りや内気さは失せて、青年の前ではジルは本来の無邪気な明るい性格を取り戻していました。
太陽のように人を惹きつける魅力溢れる青年と愛らしい笑顔のジルの周りには、いつしか他の招待客も集まって賑やかな会話に華が咲くのでした。
そうしてその夜は、ジルにとって想像以上に楽しく幸福なものとなりました。
たとえ、この一夜が過ぎればまた暗く寂しい場所に戻ることになるとしても、舞踏会は煌びやかな夢のような思い出としてジルの心に残ったのでした。
プロローグ P1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15