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灰被り 12

 
  
   
 
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「お前は馬鹿だ…、こんなところに戻ってきて……」

 馬鹿だ、駄馬だとルークはジルを抱きしめてずっと繰り返しました。

自分は戻ってきてはいけなかったのだろうかと不安な気持ちになりながらも、ジルはもう離れないようにルークの身体にぎゅっとしがみついていました。


 ルークはジルを抱いたまま、自分の部屋のベッドに運びました。

部屋は床に本が散乱して椅子が倒れていたりしたため、ベッドへ移動するまでに何度かルークの足がそれらを蹴りつけました。

以前はジルがきちんと整えていた寝具も、今はルークが自分でやっているのか、皺になった紺のシーツが大雑把に被せられています。

ジルがいなくなってからの焦燥を表すように、ルークの部屋は荒れているのでした。


 その上にジルを寝かせて、上から覆うようにルークは自分の身を被せました。

ジルの顔の横にルークの手が付かれ、それは乱暴に叩くような動作だったので寝台のバネが鈍く音を立てて揺れました。

自分が怒りを買っているように感じて、ジルはびくびくと怯えて目を閉じました。


 しかし、動作こそ荒っぽいものでしたが、ルークは何も乱暴なことはしませんでした。

目を閉じたジルに何度も口付け、その手は髪や肩に狂おしく触れては、自分の懐にジルの細身の身体を強く抱き寄せます。

過去のことをジルが思い返してみても、夕刻に繰り返された行為で体力こそ消耗しますが、ルークに身体が傷付くような乱暴をされた記憶はないのでした。


 ルークの唇や腕に身体中を掻き回されながら、ジルはそっと目を開けました。

いつの間にか鼠色の着衣は足元に摺り下ろされていて、ジルの身体は何も纏っていませんでしたが、それでも肌寒さを感じないのは一回り大きなルークの身体の中にすっぽりと包まれていたからでした。


 ルークは身体を繋げようとはせず、ただジルに触れて懐に抱きと留めているだけでした。

もう以前のようにジルの身体は震えだすことはありません。

 ルークに触れられることに恐怖はなく、性的な刺激はなく触れ合うだけのこの時が一番気持ちよく感じられるのでした。

ジルはルークの感触や抱擁をもっともっととねだるように自分の頬を擦りつけて、しがみ付くようにルークの身体に腕と足を回します。



「僕、ルークのところにいてもいい…?」

 ジルは小さな声で聞いてみましたが、ルークはまた馬鹿だ、を繰り返します。

それでも、きつくジルを抱いて離そうとしませんでしたから、ジルは少し勇気が出て話を続けることができました。


「……お城で僕は色んな人に会ったんです。 みんな優しくて親切で……

勉強や城内のことを教えて下さったり、たくさん話をしました」

 ジルがお城の話を始めた途端、ルークの顔はむっとした表情になってしまいました。

この心地よい腕の中から急に突き放されるのは嫌なので、ジルは引き止めるようにルークの首に腕を回しました。


「僕はお城の中で考えて、ルークとももっとたくさん話がしたいと思いました…

 ルークのくれた本やルークが勉強してることも、教えて欲しいです。 僕、何も知らないから…」

ルークの顔が下りてきて唇を塞いでしまったので、ジルは最後まで言うことはできませんでした。

そして、唇を離したルークが口を開いたので、ジルは返事をもらえるのかと思いましたが、それは全く違ったものなのでした。


「他の奴がお前を見たり、話したりするのは嫌なんだ……」

 唐突な言葉に、ジルは咄嗟には意味が分からず首をかしげます。

しかし、ルークは苦しそうに顔を歪めていましたので、ジルはそっと慰めるようにその頬を撫でました。


「お前が城に呼ばれて、出かけて行く日… 今までは俺しか知らなかったのに、お前は着飾って綺麗な姿になっていた。

 ……お前を皆に見られると思うと恐くて堪らなくなった」

ようやく、ジルはルークが舞踏会の準備をしていた日のことを言っているのだと分かりました。


「俺はジルの…この髪にも顔にも灰を被せて、誰にも見つからないようにしてしまいたい…… そうでもしないと、誰かに盗られそうで恐ろしいんだ」

「誰も……盗らないよ」

 みすぼらしい格好の痩せっぽちのジルに、強い執着を持ったのはルークくらいのものでした。

レイモンドとライナスからは厄介者扱いで、お城の人たちにしても親切心や優しさから良くしてくれただけなのです。

ルークがそれらの人たちにまでジルを盗っていくと過剰に警戒していることが分かると、ジルの顔は紅潮してしまいました。


 もう少し早くにジルへの気持ちを話してくれていたら、ルークを怖がることも苦しむこともなかったのにとジルは思いましたが、自分自身もルークへの恋慕を意識したのは離れてみてからのことでした。

何度も身体を繋げていながら、ルークもジルも自分の気持ちを確かに自覚していなかったのです。


 ずっとジルの指が優しく髪や頬を撫でていると、ルークの強張った苦しそうな表情は和らいでいきました。
 
「でも宮廷に上がると聞いて、そのほうがお前にはずっと幸福だと思った。 それなのに…」

「うん…… 僕、お城にいるより大好きなルークといたいんだ」

 また馬鹿が、という罵りを返しながらも、ルークの手やその体温はジルに優しく触れ続けていました。 

そうして、ルークの温かい懐の中で安らいでいるうちにジルは眠りに誘われていきました。


 外は薄暗くなって、寄りつく人のないルークの部屋は一層静まり返っています。

二人の呼吸と鼓動だけが、微かにお互いの触れ合った身体を伝わって聞こえていました。

ジルが眠ってしまった後も、ルークはその安心しきった寝顔を見つめて、長い時間起きて過ごしたのでした。
 
 

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