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灰被り 11

  
   
 一方、ジルの生家であるお屋敷では――

ジルが出て行ってから数ヶ月、悪い噂もなく宮廷でうまくやっているようなので、義父のレイモンドは自分の根回しに奔走していました。

あちこちの貴族の集まりに顔を出しては、後継人である自分の顔を売り込むのに忙しく動き回って、屋敷を留守にすることが多いのでした。


 その代わりにお屋敷で大きな態度をとるのがライナスです。

良からぬ友人たちを連れ込んで我が物顔で騒ぐものですから、使用人たちはその対応や後片付けに困り果てていました。

 そして、使用人たちの悩みの種としては次男のルークも問題でした。

ジルが出て行ってから余計に機嫌が悪く乱暴になってしまったので、周囲の者は恐れて下手に近づくこともできません。


 今日もレイモンドはどこかの会合へ、ライナスは外へ遊興に出かけていきました。

ルークは一人、またお屋敷の自室に篭って収集した本を読んでおりました。

いつもと同じように指だけは次々とページをめくっていましたが、しかし、その内容はちっともルークの頭に入っていないのです。


 苛立つルークの眉が、さらに険しく顰められます。

部屋の扉のほうで、コンコンと遠慮がちなノックの音が聞こえました。

自分が命じない限り部屋への立ち寄りはするなと使用人たちには言っていましたので、それをルークが無視していると、時間をおいてからまた同じようにノックが繰り返されます。


 ルークは本を乱雑に机に投げ置くと、椅子から立ち上がりました。

荒っぽい足音を立てて大股に歩き寄ると、使用人を怒鳴りつけてやろうと扉を開けました。

しかし、その状態でルークは怒鳴ることもできずにぴたりと止まってしまいました。

一瞬、自分の目が何を見ているのかよく分からなくなってしまったのです。


 部屋の扉の向こうには、昔のままの鼠色の粗末な格好のジルが立っていました。
 
ルークは、苛々を募らせすぎて自分は白昼夢か何かを見ているのだろうかと思い、ぎこちなく手を伸ばしてみました。 

少しだけ、金の髪の先に触れてみます。



「僕、またここに戻ってきたんです」

 少しはにかんで笑ったジルが、そんなことを言ったようにルークの耳には聞こえました。

伸ばした手がびくりと震えてしまい、摘んだ金の髪がさらさらとルークの指から逃げていきました。


 自分の願望が幻となって現れて都合のいいことを話しているのかと、ルークは怪しみました。

そうでなければ、お城で何不自由なく暮らしているはずのジルが、こんな家に、自分の部屋などに訪ねてくるはずはないとルークは思いました。

確認するように、指でそっとジルの唇をなぞります。


 まじまじとその姿を見つめていると、記憶の中のジルと服装こそ同じですが、伸び放題の長い髪が短く整えられていることにルークは気付きました。

痩せて細かったはずの頬も、心なしか丸みを帯びて血色が良くなったように見えます。



「………何をしてるんだ?」

 幻覚でも夢でもないと分かってきたルークは、驚きを隠せない表情でやっと一言喋りました。


「こんなところに戻ってきてどうする… お前は何を考えているんだ…!?」

 怒っているような冷たいルークの口調に、ジルの顔は泣きそうに曇りました。

責めるつもりはないのですが、このお屋敷よりお城の生活のほうがジルにとって良いことは分かりきっていましたので、ルークはそう言わずにいられませんでした。


 いつもなら強く言われると俯き黙ってしまうジルでしたが、今日にかぎっては引き下がることはありませんでした。

ジルに伸ばしていた手を引っ込めて、突き放そうとするルークの腕に必死にしがみつきました。


「僕…… また、ここに戻ってきてもいいですか…? お部屋の掃除も、お屋敷の仕事もします…

 またここで… ルークのところにいたいんです」

 初めてジルはおどおどと引き下がることなく、つっかえながらもルークに自分の言葉と意思を伝えられたのでした。 

ジルはお城の生活の中で、ルークのことや自分の伝えたい言葉をずっと考えてきました。

しかし、よくよく考え準備してルークの元にやってきたはずが、実際に本人を目にするとそれらはみな吹き飛んでしまいました。

泣きそうになりながらも、愚直に同じことを訴えては繰り返すことしかできません。

 ジルの様子にルークは驚き絶句していましたが、やがてその腕はぎこちなく、ジルの身体を閉じ込めるように抱きしめていました。
 
 

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