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灰被り 8

   
 
 楽しい舞踏会の終わりを知らせる12時の鐘が鳴り、お屋敷に帰ったジルはまた元の生活に戻っていきます。

そうして、夢のような一時は終わりを告げたはずだったのですが――


 ジルは華美な衣装から鼠色の使用人服に着替えて、また毎日を仕事に追われていましたが、ある日ふいに義父のレイモンドに呼びつけられたのでした。

また何か困ったことを言われるのだろうかと、ジルはおどおどと義父の部屋に訪れましたが、その予想に反してレイモンドは上機嫌で話を切り出しました。

何でも、この前の舞踏会がきっかけでお城の方がジルを気に入って下さり、王子様の勉強や遊びを共に行うご友人候補として召抱えたいというお話がきているというのです。


 それを聞いたジルの頭を真っ先に過ぎったのは、あの夜の聡明そうな青年の顔でした。

(あの人が推薦をして下さったのかもしれない。もしくは、あの青年の周りに集まった誰かだろうか…?)

そんなふうに思いを馳せるジルの横で、話を進める義父のレイモンドは、以前の猫撫で声の声音に戻っていました。

ジルが宮廷に上がるとなると後継人の自分もその恩恵に預かれると、もう新たな算段を始めているのです。


 事情を聞いた義兄のライナスは、何故こんな汚い餓鬼をと面白くなさそうに毒づいていましたが、それをレイモンドの猫撫で声がたしなめます。

世間知らずなジルにはそういった義父の打算やライナスの妬みなどはよく分からず、突然に舞い込んだ夢のようなお話にぼんやりとなってしまっていました。


(ご好意はありがたいけれど……あの綺麗な華やかな世界に、自分のような者が入って行っても良いのだろうか……)

 屋敷で使用人以下の生活を送ってきたジルには自信が無く、現実感の沸かない話に思えてなりません。 
 
しかし、当人の意思など関係無しに、欲深い義父はこの話を進める気で満々なのでした。

レイモンドはすっかり昨日までの態度を急変させて、大事な身なのでもう屋敷の仕事はしなくて良いと勝手な言い分をジルに告げると、早々とお城への返礼に出かけていきました。
 

 
 ジルは一人でゆっくりと考えたくなって、屋敷を出て外の庭へと向かいました。

そこは、かつて奥方様が植えた花や植物が生い茂る美しい庭です。

公爵様や奥方様の遺品は、義父と義兄たちに持っていかれてしまいましたが、この庭だけはジルの身近に残ったものでした。


 庭に置かれた椅子に座って、ジルがこれからのことをぼんやりと考えていますと、使用人たちが飲み物を持ってやってきます。

使用人の中にはジルに同情的な者もいましたので、祝福の言葉やこれまでの苦労を労る言葉をかけていくのでした。

 それに曖昧な笑顔を浮かべて返事を返しながらも、ジルは何だかふわふわと足が地に着いていないような心境で、お城へ行く話が喜ばしいことなのか、自分にとって幸運なことなのかまだ分からずにいました。


 庭の植物たちが強い昼の日差しからジルの白い肌を守るように、葉の影を優しく落とします。
 
働き尽くめで疲れていたジルは庭に置かれた椅子に座ったままで、うとうとと眠りに誘われていくのでした。


 そうして、太陽の光を緑が反射して輝く時刻は過ぎ去り、いつのまにか辺りは夕刻の穏やかな光に包まれていきます。

その頃になるとジルもうたた寝から目覚めて、目を擦りながら椅子から身を起こしました。

そして、寝惚けた目が自分の身体に差している大きな影を見つけると、ぎくりと身を強張らせました。

それは庭の木や植物とは違う、見覚えのある人影だったのです。


 見ると、ジルの座る椅子の傍らに立っていたのはルークでした。

レイモンド、ライナスとあまり折り合いの良くない次男のルークは、時折ふらりと一人で屋敷から出て行ってしまうことがありました。

舞踏会の前日くらいから今日までずっと姿を見ることがなかったので、ジルはまたどこかに出かけているのかと思っていましたが――


 ジルは顔色を窺うように見上げてみましたが、ルークは日を背にして立っているので、顔には深い影がかかってその表情を知ることはできませんでした。

やがて「ついて来い」とだけ低い声で告げると、ルークはジルに背を向けて歩き出しました。


(ああ……そういえば、夕刻なんだ)

 夕時に部屋に呼ばれるいつもの行為を思い出して、ジルはルークに聞こえないようにそっと溜息を吐きました。

そうしているうちにも、振り返りもせずにルークは大股で歩いていってしまいます。

 ルークの機嫌を損ねないよう、ジルは起き抜けの重い身体を引き摺りながら、その後を追いかけるのでした。
 
 

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