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灰色の箱の中 5

 
    
    
 グラウンドを二周程回ったところで、日高はその足を止めた。

もうこれくらいでいいだろうという思いと、何も覆う物の無い身体が汗と外気ですっかり冷え込んでいた事もあった。

春先の季節で日中は気候も穏やかだったが、日が落ちた外の空気はまだまだ肌寒い。

身体を流れる汗が吹き付ける夜風に冷やされて、悪寒を感じた日高は思わず身震いした。


 一旦、生徒指導室に戻るか、また周囲の気配に神経を擦り減らす事になるが、トイレに行っておこうか…と考えを巡らす。

だが、その思案を邪魔するかのように、

「お~い、日高ー…!ちゃんと走ってたかー…!」

日高の耳に、今一番聞きたくない明るい男の声が響いてきたのだった。


 (大声を出すんじゃねぇ!)と必死の形相で声の主を睨みつけてやるが、その相手には少しも伝わらないようだ。

片手には洗濯済みらしき日高の衣服を抱えて、笑顔の大沢がグラウンドに走って来ていた。


「てっきりサボってるかと思ってたが、感心じゃないか。何周くらい走ったんだ?」

「けっこう走ったから…!だから、もういいだろ…!?」

 切羽詰った様子の日高の訴えに「うーん、そうだなぁ」と空返事を返しながら大沢は自身の腕時計を覗いた。

その針が指し示した時刻は、7時の十数分前――


「うん、あと十数分で一時間経つな。 よし、日高!もう一周くらい走れるだろ?」

 本当に何でもない事のように、大沢は言い放ったのであった。

大体6時頃に生徒指導室を出て、7時で丁度1時間になるから切りのいいところまで走ろうというのだ。

 
「ふ…っざけんな…! こんなん、やってられるか…っ!」

「あー、何だってー…!? おい、日高ぁー!ここまで聞えんのだがー…!?」

「ばっ、いちいち声でけぇーんだよ…!」

 校舎廊下付近のグラウンド端にいる大沢と、グラウンドの奥手でしゃがみ込む日高のいる場所とでは、結構な距離が空いている。

そのため声が聞き取り辛く、声量を抑えて抗議する日高に対して、元々大きい声を更に張り上げて大沢が返事を返すのであった。

この調子で大沢が喚き続けていたら誰かが様子を見に来るかもしれないという不安に、みるみる日高は青褪めていった。


「わ…った、分かったから…。走るから静かにしてくれ!」

 あと十数分の間、あと一週走るだけだ――と、必死に自分に言い聞かせる。

大沢に見られている事でますます走り辛くなってしまったが、怯む心を奮い立たせて日高は再び走り始めた。
  


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