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灰色の箱の中 11

   
   
   
  
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 ――翌日。 日高は38度を超える高熱を出した。


 身体を冷やした上に長い時間シャワールームで過ごした事、大沢との行為による疲労やショックも原因に当たるかもしれない。

結局、風邪をこじらせて3日間も寝込む破目になってしまった。


 元より日高の評判が芳しくない事もあって、3日連続の休みは致命的に響いた。

数日前まで元気そうだった奴が、仮病で休んでいるのではないかと怪しむ教師達もおり、それらを大沢が取り成してまわった。

厄介払いの良い機会だとばかりに糾弾する教師達を何とか大沢が説得して、今回は厳しい処分を免れる事となる。

「また何か問題を起こしたら…次は無いですよ」という警告付きではあったが…



 しかし、日高の懊悩は尽きなかった。

まだ少し頭痛は残るものの、熱はすっかり下がってしまった。

もう学校に行かなければ進級が危ない事は分かっていたが、大沢と顔を合わせる事を思うとどう対処していいか全く分からない。


 自分は怒るべきなのか、それとも大沢と関わらないように避けまくるべきだろうか……

 今回の病気も、男とおかしな関係になった経緯も全て大沢のせいだと思いながらも、不思議と怒りの感情は沸いてこなかった。

自分を見下ろす大沢の男っぽい顔や、身体が触れ合う感触や熱はしっかり記憶に残っていて、思い出されると更に熱が上がりそうな妙な気分に襲われる。

そのため、寝込んでいた3日間も努めて思い出さないようにしていたのだが、学校に行くとなると相手は担任なので嫌でも顔を見る事になる――


 
 そんな事を悩みながら学校への道をノロノロと歩いていた日高だったが、悩むのも面倒になってきて、やっぱりサボってしまおうか…と行きかけた道を引き返そうとした時だった。

やたらに明るい声音が響いてきて、踵を返しかけていた足が凍りついた。

校門前で生徒を迎えていた大沢が日高の姿を見つけるやいなや、すっ飛んできたのであった。

二人の間の空いた距離をあっという間に俊足で縮めてしまうと、大沢は固まる日高の目前に立った。


 日高は大沢の顔を直視できず動揺が隠せないというのに、大沢は相変わらずの人懐っこい笑顔を浮かべている。

あんな事があったというのに気まずさも動揺の欠片も見られない。

こいつはどういう精神構造をしているんだと、日高は改めて大沢の神経に驚愕していた。



(……あれだ、あれに似てる……)


 子供の頃、苦手だというのに走り寄って来る――犬。

こちらは目を合わせないように避けて逃げようとしているのに、何故か尻尾を振ってしつこく付いて来るやつだ。

黒目がちの目を輝かせる大沢の顔は、日高に雑種の大型犬を連想させた。



「もう具合はいいのか?」

「………………」

 怒ればいいのか、泣けばいいのか…当の本人を前にすると何も言葉が出てこない。

日高が黙りこくってあまりに大人しいので、大沢は少し心配になったようである。

勝手に日高の額に手を当てたり、体調を問いかけたりしていた。



 そうこうするうち、始業のベルが鳴る。

それを聞くと、大沢は慌てた様子で日高を抱えて、引き摺るように校内に移動し始めた。

硬直した表情で引き摺られる日高にビビリながらも、他の生徒達が大沢に挨拶して通り過ぎていく。

日高を脇に抱えて移動しつつ、明るく挨拶する大沢に他の教員達も苦笑しながら返事を返した。
 
  
 日高が望む望まないに関わらず、新しい一日が始まろうとしていた。