「よーし、あと少しだ。頑張れ、日高ー…!」
能天気にかけられる大沢の励ましに、余計に日高の神経が傷付けられる。
生徒指導室かどこかで待っていてくれた方が、このような状態で走らされている者には気が楽だろうが、そのような気遣いはやはり大沢には無かった。
本人は応援のつもりで、ずっとグラウンド横で見守っていたのである。
走り続けて乱れる日高の呼吸に、微かに嗚咽が混じり始めていた。
夜の外気の冷された事と心理的な緊張が長く続いた事もあって、日高の指先は冷たく痺れるように感覚が失せていた。
精神的、身体的にも日高にとって限界が訪れていた。
「あ…?」
あと5、6メートルも行けば、一周が終わるという所で日高の足が止まった。そして、その場で崩れるように蹲ってしまう。
もう少しだというのに足でも捻ったのかと、心配になった大沢が駆け寄った。
近づく大沢に対して、日高は不明瞭な声を洩らして「来るな」と嫌そうな素振りを見せている。
どうも嫌われているようなのは仕方ないが、大沢はスポーツ経験が長い為に負傷時における応急処置の知識もある。
こういう時こそ、それが役に立つ――そう考えて、迷わず日高の下に駆けつける。
しかし、そんな応急処置等は日高自身は望んでおらず、今は近づかれる事さえ迷惑だったのだ。
「日高、よく走ったじゃないか。 今日はこれで終わりにして、保健室行っとこう」
「…~っ、来んな!どっか行ってろ…!」
「そう意地を張るなよ。ほら、肩貸してやるから…立てるか?」
顔を真っ赤にして必死に拒絶する日高を立たせようと、大沢が腕をとって引き上げた瞬間だった。
冷え切った身体でこれまで堪え続けていた日高だったが、強引に動かされた事で決壊してしまう事となる。
足元で僅かな水音が聞こえ、不思議に思った大沢が視線を下方に向ける。
一度決壊してしまうと、後はもう歯止めが利かなかった。
「うぅ…、あぁ……っ!」
ぎょっと驚いた表情の大沢に見られながら、日高は身を震わせて子供のように粗相してしまっていた。
ずっと我慢し続けていた分、その勢いは激しく、地面に放水がぶつかってビチャビチャと水音を響かせる。
股間から震える腿を幾筋もの滴が伝い落ちていき、唯一日高が身に着けていた靴下や靴をも汚してしまう。
「いやだ…、こんな……」
恥じ入る本人の意志に反して、膀胱に溜まったそれは止まってくれず長々と続いた。
脚の狭間から地面まで水流の孤を描き、脚に流れた雫が生温く両足を伝い落ちる。
唖然としている大沢の目の前で、日高は脚と腰をがくがくと震わしながら、自身の粗相で下半身をぐっしょりと濡らしていく――
「ひっ…く、…っ…んぅ……」
激しい水流のジョロジョロと鳴り続ける音も、傍らで慌てだした大沢の姿も、
涙で視界がぼやけて耳鳴りに聴覚を塞がれた日高には、もう遠く理解の外の出来事になっていた。
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