大沢が引き摺り、日高が引き摺られて来た先は、生徒指導室だった。
怪力に引き摺られて校内を移動する内に、日高も抵抗する事に疲れたようである。
もう逃げる事は無く、不機嫌そうにしながらも、一応は大人しく部屋に備えられた椅子に腰掛けていた。
大沢は机を挟んで、その日高の向かい側の椅子を引いて腰を下ろした。
そして、相手が不機嫌だろうが上機嫌だろうが構うことも無く、いつもの懐っこい様子で話を切り出した。
「ほら、お前サボリがちだから、俺ともあまり話した事無かっただろ?
出席日数も厳しい状況だしな…、進路の事も含めてこの機会にゆっくり話そうや」
日高に対する教職員の心証は著しく悪く、職員会議では出席日数の問題以外にも、素行の悪さや派手な格好が槍玉に上がっていた。
日高が他校の生徒と喧嘩等の問題を起こした事もあって、他の真面目な生徒達に悪影響、保護者に申し開きできないと、教員連中の苦り切った声を大沢も聞かされていた。
進級が危ないどころか、下手すれば停学、退学に及ぶかもしれない。大沢も担任として、なるべくそういった事態は避けてやりたかったのだが――
しかし、大沢が今後の相談を始めても、日高の方は聞いているのかいないのか。他所を向いて、部屋の窓から外の景色をだるそうに見ているばかりであった。
どれだけ真剣に話してみても、人の心配を無視して返事もしない態度なので、流石の大沢も苛立ってきた。
聞く耳の無い者に何を言っても無駄。とすっぱり諦め、大沢なりの「生徒指導」である行動に出る事にした。
派手に染色した髪の色をすぐに戻すことは無理でも、服装の乱れは今すぐ改善させられる事だ。
「あのなぁ、日高。出席率の事もあるが…
とりあえず、今改善できる事やっとくか?まず、この格好な」
無遠慮に学生服の袖を大沢が掴んだ事で、日高の表情が険しく変わった。
振り解こうとするが、大沢の強い握力は暴れる少年を力尽くで引き摺ってきた道程で実証済みだった。
日高は同世代の少年達と比べると長身で体格や力は恵まれている方だろうが、大沢にははるかに及ばない。
生徒指導室の机や椅子を引っ繰り返さんばかりに日高が手足を暴れさせても、格闘経験のある大沢からすると聞き分けの無い子供の抵抗のようなもので、いとも容易く抑え込まれてしまった。
「外見の印象だけでも変わるもんだ。 ほれ、見た目だけでもちゃんとして先生方に見直してもらってだな…」
丈を短く改造した学生服の上衣を、大沢が日高の暴れる腕から引っこ抜く。
日高が顔を真っ赤にして怒鳴りだすが、大沢は全く怯む気配も無かった。
その学生服の下に着ていたTシャツを、きっちり日高のズボンの IN に入れてしまう。
「て…っめぇ…!ダッセェ真似すんじゃねぇよ!オッサンの下らねぇセンス押し付けんな、カス…!」
「オッサンかぁ… 俺今年で26なんだが、若者からしたらもうオッサンなのかねえ…」
暫くドタンガタンという凄まじい騒音に紛れて、罵倒と内容の噛みあわない返答が生徒指導室に響き渡っていた。
その間、教師も生徒も厄介事を避けるように、その場所に近づかなかった事は言うまでもない。
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