2ntブログ

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

月の眠る夜 裏2

 
 
 我が家でとる夕食は一週間ぶりだった。

食台に上げられたメニューは、多忙な私を気遣っての献立なのだろう。 それは味や栄養面でも申し分の無いものだったが――

 どうにも私は今日切り上げてきた仕事が気になって、ゆっくり料理を味わってもいられなかった。

作ってくれた料理人には悪いが、胃が重く食欲も奮わない。

私は箸の進まぬ食事を中途半端に置いて、気になる書類を取り出して眼鏡越しに眺めた。


 書類の確認に没頭していて、十数分程時間が過ぎていたのだろうか。 気付かなかったが何か声をかけられていたらしい。
 
はっとして声の方を見上げると、舌打ちしそうな顔つきで例の若い使用人が食卓の皿を下げ始めていた。


……やれやれ、自分の屋敷だというのに食後の時間もゆっくり好きなように使えないとは――

食卓で書類を広げて粘られては片付けの邪魔になるのだろうが、一体この屋敷の主が誰であったか分からなくなってきた。

 男の当てつけのようなガチャガチャと皿を下げる乱暴な動作に、私は追い払われるように食卓から立ち上がった。



 食卓から追い出されてしまうと、私が他にする事はそんなに残されていない。
 
入浴を済ませた後は、仕事の残りをこなす事はもう諦めて、私は早々と自室の床に入った。
 
仕事の疲労が溜まっていると余計に神経が昂って寝入り難いのだが、珍しく今夜は何度も寝返りをうつ事無くすんなりと眠りが私の意識を連れて行ってくれた――



 ふいに心地良い無意識の世界から、私は引き戻された。

私を煩わしいこの世界に引き戻したのは、密かな扉の音と閉じた瞼に射した光だった。

それはごく短い時間の事で、もう一度小さく扉の開閉音がした後、静かな暗室に部屋は戻った。


 私はぼうっとした意識で、1、2時間は眠れただろうか…と考える。

その間、潜めた足音がこちらに近付いて来るのが聞こえていた。

それは慣れた足取りで、器用に暗闇の中を家具等の障害物を避けて進んでいる。
 

 特に私は、屋敷の者を呼ぶとかベッド周りの武器になりそうな物を探すとか、そんな自衛行動に出る事は無かった。 

ただ目を閉じたままで、先程までいた居心地の良い眠りの世界を未練たっぷりに惜しんでいた。

物取り等の可能性は私の脳裏に浮かばず、その侵入者には当てがついていたのである。


 正直、またこいつか――という思いだった。

 
  
ansitu.gif




 □月の裏□     [4] [5] [6]