その日以来、屋敷の者が寝静まった時分になると、私の部屋には使用人の男が訪れるようになっていた。
当初はさばけた関係として私も楽しんでいたが、それも最近は持て余し気味だ――
こう毎日の事では身体の負担にもなる。 仕事に支障が出てくるようならば、こいつとの関係は清算した方がいいのかもしれないと私は思い始めていた。
――それに今日は、私が帰宅してから男はずっと機嫌が悪いようだ。
いつもの穏やかな生やさしい抱き方はされなかった。
私の腕は、頭上に布か何かで括られているようだった。
もがいた時に爪痕を残さない為の処置なのだろうが、用意周到な事だ。
その拘束のおかげで、男の腕と圧し掛かる身体から逃れることもできず、私は少しでも荒っぽい衝撃を和らげようと、無様に腰を振って身悶えするばかりの状況に追い込まれている。
男の腕に抱えられた尻に何度も音を立てて腰がぶつけられ、その度に私の悲鳴と体内を掻き回す水音が鳴り響いていた。
苛立ちをぶつけられるような性交は、初めてこの男が部屋に忍び込んだ夜より余程強姦じみたものだった。
男の機嫌の悪さは、私が長く屋敷に戻らなかった事が原因だろうか。 それ以外に、最近変わった事など思いつかないが…
何にせよ、これでは煩わしい感情抜きの割り切った付き合いとは、とても言えたものではなかった。
こいつは、主人が家に帰らないと怒り狂う、私の女か何かにでもなったつもりか?
何故、私が当たられなければならないのかとうんざりした思いが沸き起こり、私はますますこの茶番劇を終わらせたくなってきた。
それは、簡単な事だ。
私が目を開ける。 それで、この若い男との関係は終わる。
男が居直るか、関係を精算する為の金が必要になるか――どういった事態に転ぶかは知らないが、切れない関係では無いだろう。
「んぐぃ…ッ! ンぁ、あッ…ぐぅっ…、あ、くぅぅー……っ!」
私の疲れた肉体は乱暴な動きに晒され続け、意識を遠く手放しそうになっていた。
もう気絶するように眠ってしまいたかったが、連続的な激しい刺激が与えられていてはそうもいかない。
結局、私は疲れ果てて目を閉じたままでいた。 荒れる男に抗うだけの気力体力も無かったのだ。
しかしそれでも、荒れた波は一応は去ってくれたようだ。
男の気が済んだのか、それとも疲れただけかは知らないが、私を揺さぶる動きは大分穏やかなものに変わっていた。
閉じた瞼や頬に、男の唇と舌が触れる。
生理的に流れた涙や汗を、拭い取っているようだった。
それは私の顔中、喉にまで這いまわってから、唇を塞いだ。
自分でも単純にできていると思うが、苛酷な時が過ぎると私の肉体はまた快感の反応を見せている。
つい先程までの乱暴な仕打ちを忘れたように、身体は男から与えられる快楽を欲していた。
このまま陵辱を続けて、いかせて欲しいと…… 言っているのも同じ事だ。
いまや、私の肉体は反射的な浅ましい腰振りを繰り返し、甘え啼きの声を上げて、男にそれを訴え続けていた。
長く続いた苦痛と快楽から開放される瞬間。
白く霞んだ意識の中で、私の耳元に荒く吹き込む男の言葉が聞こえていた。
少しの間を空けてそれを理解すると、柄にもなく私の耳から顔まではかっと熱を持った。
その時になって、私はやっとこの若い男の真意を理解したのだった。
気に入らない主への憂さ晴らしだろうとずっと思っていたので、それ以外の男の心理などは考えつきもしなかった。
月明かりが薄く入るだけの暗い部屋で良かったと思う。
光源があれば、紅潮した顔を男に見られていたかもしれない。
部屋の中に満ちていた呼吸の乱れは落ち着き、使用人の男はいつもの清掃に取り掛かっていた。
湯を絞ったタオルで、丹念に私の汚れを拭っていく。
乱暴な扱いをした償いのつもりか、男の手は常より丁寧で優しく私の身体を拭き清めていた。
静かな薄闇の部屋の中で、過剰な刺激に晒された肉体の上を、温かいタオルが癒すように柔らかくなぞっていった。
使用人が冷静な平常の状態に戻っている事と、過敏になっている肌を拭かれるこそばゆさもあって、行為の最中よりもこの一時の寝た振りの方が私には難しかった。
もう男に任せきりにして、眠ってしまえばいいのかもしれなかったが――
シーツが新しいものに取り替えられて、私はその上に寝かされた。
私は内心戸惑いながらも寝たふりを続けて、年下の男に下着から何から子供のように着せられている。
上衣の釦を使用人の男が一つ一つ留めていく。
このままぼうっとしていると、もうそろそろ男は帰ってしまうのだが……
――さて、私はいつ、この眠りから目覚めればいのだろうか…?
タイミングを逃した私は、ずっとその機会について考え続けていた。
...END
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