「…………………?」
まともな判断力を失っている白兎には、今の自分のおかれている状況が把握できませんでした。
涙でにじむ視界を何度もまばたきしながら、前方を見つめます。
「兎、さっさと謝りなさい。そうすりゃ、鰐さんも許してくれるんだから」
「元はというとお前がイタズラばかりしているからだ。お前も悪いんだから謝っておけよ」
周囲の者たちから、口々にそんな言葉が兎へとかけられていました。
自分達に謝らせたいというより、これ以上鰐さんの怒りを煽って酷い目に遭わないようにという配慮からかけられた言葉です。
しかし、すっかり混乱をきたしている白兎の頭では、それを皆の気遣いとは理解できません。
それどころか「謝れ」と繰り返される言葉に、自分が責められているような錯覚に陥ってしまうのでした。
白兎の赤く腫れた瞳が瞬き、泥で汚れた頬にまた新しい涙が零れました。
多くの住民が集まっているのに、誰一人として助けてくれない。
自分はこれほどまでに嫌われていたのだろうか…?
痛い目に遭わされた自分を、皆がいい気味だと笑っている――
今の白兎は散々に痛めつけられた鰐は勿論、集まった二十数名の者たちまで敵になってしまったように感じていました。
周囲の冷たい視線が自身の身に突き刺さるようで、兎はいっそう哀れな様子で震えだしていました。
兎の視界は歪み、自分の足元が心許なくぐらぐらと崩れていくような不安に襲われていました。
――こんなに苦しい時でも、自分の味方になってくれる者は誰もいない。
そんな感覚が白兎の孤立感に拍車をかけて、絶望する思いに追い込まれていきます。
いつまでたっても何の行動も示そうとしない様子に苛立った鰐が、震える兎の背を一度蹴りつけました。
「早くしろ」といった意図のそれほど力の入っていないもので、極度の恐怖と不安に追い詰められた白兎にとって、それが耐えうる限界になるとも知らず――
「うわ…あ、あぁ……っ!」
感情が爆発した子供のように白兎は大きな声をあげて泣き出していました。
そして、観衆の目が兎の変化に気付くと見開かれ、あっと小さな驚きの声があがりました。
地に這ってがたがたと震える兎の両足から、つぅっと水滴が伝い落ちていました。
やがてそれは地に落ちて、水音を立て始めます。
白兎はすっかり怯えさせられて、とうとう感情の高ぶりのあまり堰を切ったように失禁してしまったのでした。
「ひぃく、ひぃぃ…っ、ひぅっ…」
白兎の細い頤が、嗚咽とともにかくかくと揺れます。
シャー…と放出の水音が響き、四つん這いになった格好の兎の足の間に汚水の水溜りができていました。
それは震える生白い脚の間から流れ続け、兎の粗相を視覚と聴覚によって周辺の者たちに確かに知らしめてしまいます。
しばらくは茫然自失といった態で、白兎は自分が失禁していることにも気付かずにいましたが、濡れた脚の違和感から自身の身体に視線をやりました。
―― 一着しか持っていない衣服は破り取られてしまって、今の自分はほとんど素裸の情けない姿を晒しています。
兎のぼやけた視点が上半身から足下に下り――そうして、やっと自分の醜態に気付いたのでした。
「ぅあぁ…っ、なん…で、こんな……!?」
うろたえながら地面に這わせていた両手で下腹部を押さえますが、放出は治まってはくれません。
直線的に流れていた水流が手の覆いにぶつかって、ビチャビチャと飛翔が飛び跳ねました。
「やだ、やだ…ぁっ、……見んな、…見るな……ぁっ!」
被害妄想に陥っている白兎の目には、惨めな自分の姿を皆が指差して嗤っているように見えてしまうのでした。
情けなさと恥ずかしさに頬を涙で濡らし、嫌だ嫌だというように何度も首が振られます。
辺りには兎の泣き声がわぁわぁと響き、それに本人が耳を塞ぎたくなるお漏らしの水音が続きました。
上擦った兎の泣き声を聞いて、気まずく目を逸らす者もいれば、唖然と絶句したまま泣き惑う醜態を凝視してしまう者もおりました。
激高していた鰐も幾分冷静さを取り戻したようで、痛めつけすぎたかとばつが悪そうに立ち竦んでいました。
「うわぁあん………、ひぃ……ぃん……止まんな…い…」
衆人監視の中、白兎は成長してから誰にも見せたことのない情けない姿を晒し続けていました。
少しでも恥ずべき箇所を隠そうと股間に手を押し当て、ぺたりと地面に尻餅をついた格好でじりじりと腰を捩ります。
しかし、本人の意思で止められるものでもなく、汚水は押さえる手から溢れ出て、兎の足から地面までをビショビショに汚します。
耐え難い羞恥に顔をくしゃくしゃに歪めて紅潮した全身を震るわせながら、それは白兎の意思に反して長々と続いてしまうのでした。
ジョロ…と最後の放出がようやく終わった頃、兎はすっかり大人しくなって地面に座り込んでいました。
「ぅく…うっ……ごめん、ごめんなさい……もう、しません……」
顔を俯かせた白兎は、痙攣するような嗚咽とともに、もう何に対して謝っているのかも分からない謝罪を虚ろに呟き続けるのでした。